市川市のオフロードショップ“Rise&Ride”店長のIAワタライが日頃の出来事、イベント、チーム員との練習などを中心にダラダラと書いています。


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90年代マニアの独り言① ~ジミー・ガディス~

以前ガイ・クーパーという80年代後半~90代に全盛期を送っていたライダーのことを、ズラズラと記事にしましたが、今後も気が向いたときに昔のライダーの思い出話をズラズラ書きます。
今回はジミー・ガディスです。マニアの独り言なので、分からない人にはまったくわかりません。本当にごめんなさい。

ジミー・ガディスは93年のAMAスーパークロス125ccWESTのチャンピオン。この年にプロサーキットがホンダからカワサキに変わって、その初年度を飾ったことになります。非常に小柄で背が低く、走りはこれと言って特徴はないかも(笑)。ただ、スタートがすごく上手で先行逃げ切りタイプでしたね。P・ローレンスやD・ハフマン、スポット参戦のM・ピションもいて結構な激戦でした。

チャンピオンを取った93年には、ジャパンスーパークロスで来日もしました。非常に陽気なキャラクターでタイトルを決めた最終戦で、何回も雄たけびあげていたのが印象に残っています。

以下、ガディスの名場面ワタライセレクトです。


●93年 AMA SX R2ヒューストン
125クラスは東西合同(※注1)レースでウエストの開幕戦。プロサーキットとしてはカワサキでのデビューレース(※注2)。ラストチャンスから決勝進出のガディスはホールショットから独走体勢を築く。中盤に転倒してG・グッドマンに詰め寄られるものの、再度引き離してカワサキでの初戦を優勝で飾る!
当時はD・ヘンリー、E・ラスク、C・ペダーソン、P・ローレンス、Dハフマン、J・バトン、P・ゴンザレス、M・チャンバレン、J・デメントなどがトップ集団を形成していました。このレースは東西合同だったので、かなりレベル高かったです。


●89年 AMASXダラス
当時はスズキで確か#39のガディスが、ヒートレースで#45のD・ブラッドショーと2回接触。2回目はリズムセクションで両者転倒。ガディスはブルーのオニール。ブラッドショーは水玉のFOXかな。懐かしい~!


●93年ジャパンスーパークロス東京大会
ホールショットから中盤までトップをキープ。途中、スタントン、ラロッコ、ハフマンに抜かれるも、250ccでのポテンシャルの高さも発揮。


注1…現在では最終戦でしか開催されていないLites(当時は125cc)の東西合同レース(シュートアウト)。しかしいつまでだったか忘れましたが何年か前までは東地区と西地区の両方に属する会場があって、ダラス、ヒューストン、ミネアポリスなどは両地区のライダーが混走で開催されてたので、最終戦のシュートアウトを含めて東西対決が4~5回は見られたんです。

注2…通常だとイーストとウエストに各2台ずつ走らせるプロサですが、この年は確かイースト地区の出場はなかったと思います。


結局、250にステップアップしてからはあまり成績残せなかったんですが、ガディスは93年とスズキ時代の印象がすごく強く残ってるんですよね。このブログ読んでくれている人のうち、何名が知っているだろうか(^^;

以上、マニアの独り言でした。
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by dekobokoland | 2007-05-06 23:57 | ライダー